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JBBA那須種馬場が閉所 47年の歴史に終止符

繋養馬3頭の移動を終えた那須種馬場は3月末日付けで閉所が決まった。同種馬場は1963年開設。約3万3000?の敷地に6馬房を備え、北関東地方の馬産に貢献していたが、軽種馬生産状況の変化に伴い92年からは功労馬の休養施設になっていた。

http://www.uma-furusato.com/news.php?mid=1364&cid=1

JBBA下総種馬場が閉鎖へ - 座布団が行司にクリーンヒット
下総種馬場に続き那須種馬場も閉鎖ですか…。JBBAも大変な時期に差し掛かって来ているのでしょうね。
現在も残っていますが那須には下総から移転してきた御料牧場があり、かつては北関東は競走馬の生産地でした。
下総、那須と生産地の象徴でもあったJBBAの種馬場がなくなるということの意味は大きい。しかし関東での生産は
決して廃れたわけではありません。那須町内では那須野牧場がまだ残っていますし、千葉県には社台ファーム
シンボリ牧場などを中心にかなりまとまった生産数があり、茨城県なども武田牧場や栗山牧場など数少ないながら
頑張っています。茨城県内には東大附属牧場があり、ヒシアケボノは亡くなりましたがダンツシアトルが今も
種牡馬として残っています。他にも個人牧場で繋養されている種牡馬も多いです。馬産の火を消さないでほしい。


92年から功労馬の休養施設として稼動していたのですが、それが維持できなくなってきたほどですからね…。
移動したドクタースパート、ファストトパーズ、フラッシュオブスティールはいずれも高齢で本来ならできるだけ
他所に移動はさせたくなかったのでしょうけど、そうせざるを得ない状況ということでしょうから。
かつてはハッピープログレスカブラヤオーアイフル、ルション、ターナボス、ピットカーン、
最近亡くなったカツラノハイセイコなどJBBAで種牡馬をしていた馬たちが引退して余生を過ごしていました。


残るJBBAの種馬場は静内、胆振、七戸、九州の4ヶ所。順番で言えば次に一番危ないのは九州ですからね。
実際にそういう噂がまったくないわけでもないのです。所管は違いますがあのJRAの宮崎育成牧場ですら
廃止を囁かれるようになっているのですから。生産者の皆さんは危機感を抱いていると思いますよ。
JBBA日本軽種馬協会は元々、生産者の協同組合からスタートして現在では社団法人になっています。
しかしJBBAの種付け料の安さから「官による民業圧迫」との批判もある。しかし競走馬のふるさと案内所を運営や
韓国・シンガポールへ「調査馬」寄贈、生産者育成のための研修センター運営、馬のための医療センター設置、
最近始まった「JBISインターネット情報サービス」などの情報整備事業など、民間ならまずできないような
社団法人として大事な事業を沢山行ってきているわけですから、日本の生産界になくてはならない存在です。
近年、社団法人ですら債務超過に陥って破産する例もあるようですからね。苦しい台所事情だとは思いますが
切り詰められるところはこうやって削減して、活かせる部分を残していかなければならないでしょう。