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九州産過去の名馬 九州にかつていた種牡馬

障害馬のことを調べていて昔の九州産馬の馬名を見つけたので書いておきます。
時代はバラバラ、地方と中央も一緒くたで中にはアラブも混じっている可能性もありますが
とりあえず箇条書きでここに記録しておくことにします。平場の重賞勝ち馬だけは分かっています。
種牡馬も同じです。とにかく名前が分かったものを書いてみますので。
※なお、こちらに馬名がある馬は除きます。
現在は九州にいない、もしくは引退した種牡馬 - 座布団が行司にクリーンヒット
現在は九州にいない、もしくは引退した種牡馬(新情報のみ) - 座布団が行司にクリーンヒット
マークオブディスティンクションとシンウルフ - 座布団が行司にクリーンヒット

競走馬

キングスピード(京都新聞杯)、フエロースピード(小倉大賞典)、ニルキング(デイリー杯3歳S)、
ゴールドイーグル(大阪杯マイラーズC)、ケンセイグッド日経新春杯)、コウエイロマン小倉2歳S)、
ビンチトール(タマツバキ記念)、トキノリバティーセイユウ記念)、ヨドノチカラ(タマツバキ記念)、
テツミノリ、ゲキソウ、オサイチテット、ソウキジン、ツキノタイシ、ケンセイダイヤ、トリコロール、
トイノミサキ、ウットマン、ダンツセントー、ヨシノトップ、スマノダイドウ(アラ)、ウイニングヒロオー、
カノヤウルフ、ナンシンエクセラー、マルシゲファイター、ツカサパワー、ブラッククイン、ミスシロバト、
カノヤミノリ、マークキングオー、アイティースワロー、マルシゲサンスーシ、オサイチセイダイ、ヨシノサキガケ、
ナンシンエクセラー、ヨシノアンズ、コウユーアサミ、マルシゲガリバー、カシノリファール、スパイシードール、
ユメノセテコウユー、レンド(帝室御賞典ほか)などなど……

ゴールドイーグル

カブトシローの代表産駒。72年に大井競馬場でデビューし、東京ダービーで16着に敗れるまで9連続連対。
その後各地を転戦し76年に中央の伊藤雄二厩舎に移籍。マイラーズC2着などを経て翌年大阪杯マイラーズCと連勝。
その年の天皇賞春にも挑戦したがさすがに距離が長すぎたか3番人気で14着大敗(優勝テンポイント)、引退した。

ケンセイグッド

グッドリー代表産駒。日経新春杯優勝、そのほか重賞やG1を連戦した。菊花賞では杉本清アナウンサーが
本場場入場で「九州のみなさん見てますか?」と言ったそうな。

コウエイロマン

新馬フェニックス賞小倉3歳Sと圧勝で3連勝し、多くの九州産馬ファンに夢を見せてくれた馬。
しかし、その後は惨敗続き。夢は夢のままで終わってしまった。

ダンツセントー

九州産新馬を使わず一般新馬でデビューさせているあたり、かなり期待さえていたことが伺われる(連続2着)。
初勝利は翌年の未勝利戦となったが次のたんぽぽ賞を連勝し、アネモネSに挑戦してなんと優勝。
桜花賞でも6着に健闘。オークスエリザベス女王杯にも挑戦したがさすがに距離が長かったようだ。
最後のレースのターコイズSでも2着に入っているあたり、現役を続けていればかなり期待できたと思われる。

ヨシノトップ

現役で同名の馬が走っているがこっちが初代。堅実に走り続け自力でオープンまで上り詰めた。菊花賞にも出走した。

スマノダイドウ

知る人ぞ知る園田アラブの名馬。デビューは佐賀だった。引退後は種牡馬としても大成功を収めた。

マルシゲファイター

マークオブディスティンクション産駒。ひまわり賞では勝てなかったが京都3歳S4着、つわぶき賞(500万下)優勝。
そしてシンザン記念で2着したが、その後奮わず。

カノヤミノリ

こちらも自力でオープンまで勝ち進んだ1頭。小倉日経オープン3着など。

マークキングオー

マークオブディスティンクション産駒。ひまわり賞でマルシゲファイターなどを抑えて優勝した。
札幌3歳ステークスで3着に入ったが、ここまで。

アイティースワロー

コウエイロマンテイエムチュラサンが出てくるまで近年最も活躍した九州産馬と言っていい。
淀短距離S2着、シルクロードS2着など、重賞勝ちに最も近いと思われていた。

ヨシノサキガケ

アンズプリテンダー産駒。準オープンの身で様々な重賞に格上挑戦、そこそこ頑張った。

カシノリファール

一般新馬戦を優勝。さらにダリア賞を勝ってからひまわり賞に出走してきた変わり種。
SeptiemeCiel産駒の持ち込み馬だからこそ出来た芸当だった。

ユメノセテコウユー

脚部不安さえなければG1も取れていたと言われるほどの逸材だった。現在は青森で種牡馬生活中。

種牡馬

ヤマニンボールド、センシュウルル、エリモオー、エイシンタウラス、キーミノブ、コウエイダッシュ
ストームオンザルース、スルーオダイナタツミマーチ、タニノスイセイ、ネーハイジェット、ニホンピロヤマト、
ハクヨウコマンド、ハクタイセイ、ブライトインター、ブラックスキー、ホクトフラッグ、ボルグスキー、ズグ、
ライフガード、リボオール、ヒロタケ(アラブ)、ピットヒヤク(アラブ)、フルーロンドベルサック(アラブ)、
ニルコス、グッドリー、アンズプリテンダー、ミヤジマレンゴ、ハッピープログレス、ラインゴールド、コダマ、
グランディ、カシノエイト、シルバーネロ、スーパキングアケミ、タニノムーティエ、ティットフォアタット、
クリスタルパレスカブトシロー、ミリオンパラ、ニッポーキング、グリーングラスヒカルイマイ、バルビエリ、
ジャッジャー、メイジシロー、シンブラウン、ネヴァードウエルなどなど……


意外な名馬が九州に来ていたことがあるんですよ。九州で亡くなった馬も多数います。間違いあれば指摘願います。
この中から特に取り上げていくつか紹介してみようと思います。

ニルコス

90年代前半、マークオブディスティンクションシンウルフ以前に九州に一大旋風を巻き起こした種牡馬

グランディ

英ダービー馬。日本に鳴り物入り種牡馬入りしたが、産駒がまったく走らず最後は九州に来て亡くなった。
「日本が種牡馬の墓場と言われる象徴」の馬とさえ言われている。

アンズプリテンダー

グランディの英ダービーで4着だった馬。1年だけ九州に来てかなりの成果を上げた。最後は東京大学農学部附属牧場
に移って、そこでマキノプリテンダーという結晶を残して亡くなった。

ハッピープログレス

スプリンターズS京王杯スプリングC安田記念の「春の短距離三冠」を制した馬。
後輩のニホンピロウイナーとの対決は、1勝しかできなかったが何度も激闘を繰り広げた。
種牡馬としては目立った成績を残せなかった。シンウルフが来たおかげで段々と種付けも減っていったのである。

タニノムーティエ

二冠馬だが種牡馬としては大成せず、一時期九州にいたことがあった。

カブトシロー

元祖「新聞を読める馬」。ゴールドイーグルの父。種牡馬引退の時に危うく処分されかけ、
JRAはファンからかなり厳しい抗議を受けた。これをきっかけに引退名馬の繋養制度が成立したという。
また、園田で大活躍したアラブのスマノダイドウが、九州産馬にしてはあまりに強すぎたため
テンプラ疑惑が起こった。その本当の父がカブトシローではないかと噂された。

グリーングラス

佐賀で余生を送った。種付けも依頼があればわずかながらこなしていたようだ。
一度は見学に行きたかったのですが、死亡のニュースを聞いて凹んだなぁ……。

ヒカルイマイ

伝説のごぼう抜きダービー馬。サラ系であったため、種牡馬になってからも恵まれなかった。
ただ、余生はファン達が有志でお金を集めて仕送りしていたので、処分もされず幸せだったのかもしれない。
今でもニルキング牧場には彼のお墓が大事に祀られている。

コダマ

トキノミノルの再来」と呼ばれた二冠馬。宝塚記念も制し顕彰馬になった。
桜花賞ヒデコトブキなどを輩出したがその後は伸び悩んだせいか九州に流れてきたようだ。


いずれにせよ、どの時代も九州は失敗種牡馬の流れ着く先だったんだなと思いますね。
中には北海道に栄転間際だったような馬もいましたが、数は少ないです。
日本を種牡馬の墓場と言うのなら、九州はさらにその墓場とも言うべきかな(苦笑)。