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日本初の女性ジョッキー 斉藤澄子騎手

斉藤澄子 - Wikipedia
女性騎手 - Wikipedia
サラブnet
競輪とオートレースで女性選手が誕生しそうだというニュースを見て調べている途中、この方のことを知った。
1936年に京都競馬倶楽部の騎手試験に合格、日本初の女性騎手となった。その前には東京競馬倶楽部の騎手試験を
受けたが女性だからという理由で不合格になっている。当時はまだ各競馬場ごとに競馬が独立していたからだ。
しかし初騎乗を待っている間に「風紀上の問題」を理由に出場禁止の通達が出され、1937年に日本国内の競馬場を
一手に管理する日本競馬会が発足すると正式に「騎手は男性のみ」という規定が盛り込まれ、免許を剥奪された。
男尊女卑の時代で「髪を短髪のオールバックにし胸に晒を巻き煙管でたばこを吸うなど男になりきった」という。
その後も競馬界には残り厩務員として働いていたが29歳の若さで亡くなったという。今では考えられないくらい
女性にとって厳しい時代にその壁を乗り越えようとした人がいたというのは尊敬の念を抱かずにはいられません。


その後実際に女性として初騎乗したのは岩手・繋駕競走の高橋クニ騎手、その娘の高橋優子騎手は平地初騎乗。
と、その前に上山に岩田富子という騎手がいたそうだがあまり詳しい情報は残っていないようだ。
海外でも競馬界での女性差別はあったようで、1968年にアメリカでペニー・アン・アーリーという人が騎手免許を
取得したが、他の男性騎手たちが4度に渡り反対のストライキを行ったためデビューできないまま引退したという。


現在も競艇などに比べればまだまだ女性騎手の立場は低いままだ。地方競馬では宮下瞳騎手をはじめとして
男性顔負けの騎乗技術を見せる騎手もいるがJRAではまだ増沢由貴子騎手の34勝が最高という段階。
まずはJRA地方競馬に倣って女性騎手に斤量の恩恵を与えることから始めなければならないのではないだろうか。