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故・川島正行調教師とガーナ共和国盃

2006年から2013年まで船橋競馬場まで行われていたガーナ共和国盃。
ガーナ共和国で競馬が開催されている形跡はないし、どうしてだろう?と不思議に思っていましたが、『競馬最強の法則』11月号で判明しました。
記事によると「駅前で募金箱を前に演奏しているガーナの人たちが気になって、ガーナの子供たちの悲しい現状を聞いて意気投合し、
『今度うちの馬が重賞を勝ったらその賞金全部寄付してやるよ』と約束」「困っている人を見かけたら声をかけずにはいられない性格だった」と。

川島正行調教師とガーナとの出会いはガーナの音楽を演奏するボランティアグループ「ジュピターグループ」の存在を知ったことがきっかけだったとのこと。

http://enjoy.jbis.or.jp/column/kawashima/2011/004354.html

今回の寄付は、川島調教師がガーナの民族音楽を演奏するボランティア音楽グループ「ジュピターグループ」の一員であるジーコ氏と意気投合したことによる。ジーコ氏からジュピターグループの活動内容を聞いた川島調教師がガーナの子供たちの力になりたいと、サッカーボールや学習ノート、鉛筆など総額100万円相当の寄付を申し出たもの。

http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-146198.html

 NARグランプリで現在4年連続通算6度の最優秀調教師賞を獲得している川島正行調教師(船橋)が7月11日、ガーナ共和国大使館(東京都港区)を訪問し、バフォ・アジェベワ駐日大使に寄付を贈呈した。
 今回の寄付は、川島調教師個人がポケットマネーの100万円をガーナ共和国唯一の障害者学校に対して贈ったものである。
 なお、「ガーナ共和国への寄付」は、本年2月に続き2回目となる。

http://www.keiba.go.jp/topics/2006/0711_1.html

その話を聞いたガーナ共和国大使館から大使が直々に感謝に訪れ、それがきっかけとなって「ガーナ共和国盃」が始まったそうだ。
当初の数年は川島師のポケットマネーで寄付が行われていましたが、その後は船橋競馬場でチャリティイベントが開催されて、
そこでの収益を寄付に回すことになったようです。
yes-2784.com


在ガーナの人は、口々にこう言っていた。「川島正行は父親も同然」と。例え船橋で競走が無くなっても、川島正行調教師の遺志を受け継いでいくことも大切な「恩返し」だと思う。


今は立ち入れない「川島トイレ」の話しておく。旧オッズオンの近くに豪華な女性用トイレがあった。川島正行師の意向で作られたト
イレだ。当時の船橋競馬のトイレは旧式の和式しかなく、若い女性には大変不便だった。師は「競馬はサービス」という思いで、次々に船橋を改革して行った。


川島正行師は船橋競馬の数々のイベントも協賛した。9/23にいつも行われる名物の「ベストドレッサー賞」や、ガーナだけでなく千葉の福祉や震災復興のチャリティオークションにも厩舎の宝物(優勝杯とか)多数出品してた。ファンがオッズオンに立ち寄ると師の「飲め」とワインの振る舞いとかもあった。

http://ameblo.jp/flugelsforever/entry-11921796968.html

色々な意味で川島調教師の存在は船橋競馬にとって大きかったんだったんだなと思います。改めて心よりご冥福をお祈りいたします。